事業承継、相続対策に万能であるかのように謳われることもある民事信託ですが、決して万能ではありません。民事信託が適切ではない場合、そもそも民事信託が使えない場合もあります。
よく民事信託と比較検討される制度として、遺言、任意後見、法定後見があります。これらの制度と比較してみましょう。
そもそも民事信託とは?
民事信託とは、財産を持っている人が、信頼できる相手に自分の財産の管理や運用、処分をする権利を託す財産管理の方法です。
民事信託の仕組み
民事信託の仕組みを解説します。
民事信託は、基本的に「委託者(財産のもともとの所有者で、財産を信託する人)」と「受託者(財産の管理や運用を任される人)」と「受益者(財産権を持ち、財産から利益を受ける人)」の3者から成り立ちます。
委託者が財産の管理を受託者に任せて、その財産から発生した利益を受益者が得るような仕組みになっています。
民事信託でできること
民事信託でできる以下の4つについてそれぞれ解説します。
- 生前の財産管理ができる
- 3代先の相次相続まで相続先を決めることができる
- 遺産相続の分割を詳細に決めることができる
- 相続後に残された人の生活が保障できる
①生前の財産管理ができる
財産を預ける委託者は、生前に自分の死後の財産の管理や運用を自由に決めることが可能です。
信託財産を残された家族の生活のために活かしたり、資産を増やすために投資で資産運用を行うなどの目的や行為の指定も可能です。
従来の成年後見制度では対応できなかった生前での自由な財産管理が可能です。
②3代先の相次相続まで相続先を決めることができる
遺言書の場合、ご自身が亡くなった時の遺産相続についてしか言及できません。
民事信託を利用すればその次の2世代、3世代先でも遺産相続が可能です。
複数世代に渡って相続したい場合は、民事信託を活用するのがおすすめです。
③遺産相続の分割を詳細に決めることができる
生前にご自身が亡くなって相続が起きたときに財産をどのように相続するのか、遺産分割方法や割合を詳細に決めることができます。
民事信託契約を締結する際に、家族間で話し合って財産の分割方法や割合を決めて契約内容に落とし込めば、相続人全員が納得のいく相続を決めておくことができます。
④相続後に残された人の生活が保障できる
ご自身が亡くなった後のお子様の生活が不安であれば、民事信託を活用することで不安を解消できます。
例えばお子様が障がいをお持ちで自分では財産管理ができない場合、信頼できる方に受託者になってもらい、受益者としてお子様が生活費などを受け取れるような信託契約を設定すれば安心です。
民事信託を行う方法
民事信託を行う方法は「信託契約」「自己信託」「遺言による信託」の3つあります。
それぞれの方法について解説します。
信託契約
信託契約の場合は、委託者と受託者が信託目的や財産の管理方法、受益者を決定し、契約締結を行います。
自己信託
自己信託の場合は、委託者が受託者にもなる形態となり、「信託宣言」と呼ばれる制度です。
自己信託は公正証書で行うことが一般的です。
遺言による信託
遺言による信託の場合は、委託者が死亡したときに信託が開始されます。
遺言による信託の場合は、受託者との意思疎通ができずに一方的な意思表示となってしまう恐れがあるため、信託契約を締結して、その契約の発効を委託者の死亡時とする「遺言代用信託」が利用されるケースが多いです。
民事信託を利用する場合のポイントと注意点
続いて、民事信託を利用する場合のポイントや注意すべき点を解説します。
1 委託者自身の判断能力が必要
そもそも民事信託とは、委託者が受託者に財産を託し、信託の目的に沿って管理などをしてもらう契約を結ぶものです。
当然ですが委託者自身に契約の当事者となれるだけの判断能力が必要です。遺言、任意後見もご本人の判断能力が必要とされます。
既に判断能力が衰えている場合には、法定成年後見制度を検討することになります。
2 財産承継対策であれば遺言でも対応可能
民事信託は財産管理の問題も財産承継の問題も、いずれも対応可能です。
ただ、純粋に死後の財産承継を決めたいだけであれば遺言でも十分です。
今、第三者に財産を移転しておく必要があるのか、財産管理も併せて誰かに託したいご事情があるということであれば民事信託が活用できるでしょう。
3 身上監護・保護はフォローされない
民事信託は財産の管理・活用、承継のための制度です。ですから身上監護・保護が求められており、しかも身上監護・保護を支援しくれるご親族がおられない場合には向いていません。
施設への入所契約や介護のことなど身上監護のこともフォローして欲しいのであれば、任意後見を検討することになります。
4 信託では扱えない財産の管理はできない
農地や年金受給権、地主が譲渡を承諾していない借地権など、委託者と受託者の合意だけでは移転できない財産を管理して欲しい場合は、信託は使えません。
こういった財産の管理を誰かにして欲しいのであれば任意後見を検討することになります。
5 信託では借入も委託できる
民事信託では、金融機関からの借り入れをすることや不動産への抵当権を設定することについても受託者に委ねることができます。
成年後見、任意後見は、被後見人の生活資金を調達するために借り入れをするということは想定されていません。
被後見人の収入がなく、生活資金がないのであれば、生活保護を検討することになるでしょう。
また、例えば、やむを得ず自宅不動産を建て替えるために融資を受ける際に自宅不動産に抵当権を設定する必要があるとしても、成年後見、任意後見の場合には、家庭裁判所の許可を得なければならず、必ずしも思い通りにできるとは限りません。
借入や既にある借入の借り換えなどが必要であれば信託を活用しましょう。
6 信託では裁判所の監督はない
成年後見、任意後見の場合は、後見人は定期的に裁判所へ報告するなどする必要があります。
さらに任意後見では後見監督人が必ずつきます。
また、成年後見では、裁判所が職権あるいは関係者の求めにより後見監督人を選任することもできます。
これに対して信託では「信託監督人」を設定することもできますし、設定しないこともできます。
設定しない場合でも、関係者の請求で裁判所に信託監督人を選任してもらうことはできますが、裁判所の関与は選任だけです。
成年後見、任意後見の方が公的な監督機能があるため、自ら監督する能力がない被後見人に代わりしっかりと後見人を見張ってくれるというメリットはあります。
信託をご検討の場合でも受益者が未成年者であったり、知的障害があるなど自身で受託者を監督することが難しい方の場合には、信託監督人を設定しておくと安心でしょう。
7 信託は開始してからも終了させることができる
後見制度の利用を途中で辞めることはできません。
一度、家庭裁判所が後見人が必要と判断して後見人をつけた以上は、後見人が替わることはあっても、被後見人が死亡するまで後見制度の利用は続きます。
これに対して信託は、委託者と受益者の合意により終了させることができます。
また、その他にも信託契約で定めた事由や信託法で定められた事由があれば、途中で終了します。
8 信託では世代を超えた財産承継を決められる
例えば、お子様がおられないご夫婦の場合に、夫が、自宅不動産をまずは妻に相続させたうえで、さらに妻が亡くなった際にはその自宅不動産を妻側の法定相続人ではなく、自身の血縁者に相続させる、といった財産承継は遺言で実現することはできません。
妻も独自に遺言書を作成し自分の死後は自宅不動産を夫側の血縁者に遺贈すると決めておくことはできますが、妻の法定相続人に遺留分侵害額請求をされる可能性があります。
信託であれば、たとえば自分が生きている間は自宅で自分と妻が生活し、自分の死後は妻が自宅で生活できるようにし、妻の死後は自宅不動産を自分の血縁者に受け継いでもらうようにできます。
さらに、自分が存命の間は後妻と生活し、自分の死後は後妻が自宅で生活できるようにし、後妻の死後は前妻と間の子(後妻と養子縁組していない)に受け継がせるといったこともできます。
ステップファミリーの財産承継に対応できます。
9 受託者になってくれる人が必要です
信託は委託者と受託者の契約です。受託者となってくれる人が必要です。任意後見契約も、任意後見人になってくれる必要です。
任せる人がいない場合には、信託や任意後見は使えません。将来的に必要に応じて家庭裁判所に成年後見人を選任してもらうことになります。
10 相続税対策のメリットはそれほどない?
基本的には、信託は、財産の利益を享受できるところに課税されるので、相続税を回避できるといったメリットはありません。
民事信託の相談先
民事信託について相談できる専門家は主に「弁護士」「司法書士」「法人窓口」の3つがあります。
それぞれの専門家によって対応できることが異なるので、相談したい内容によって相談先を選びましょう。
弁護士
弁護士は相続トラブルの対策ができるため、確実な相続のためには一番適している相談先と言えます。
信託法だけではなく、相続関連の法律について熟知しているため、弁護士に依頼すれば目的に沿った民事信託の設計に加えて他の手続きとの併用等総合的な対策が可能です。
ただし、全ての弁護士が民事信託の知識や経験が豊富というわけではないので、弁護士に依頼する場合は民事信託に精通した弁護士を選びましょう。
神戸マリン綜合法律事務所は民事信託案件サポートを、相談レベルで100件以上(2022年4月末現在)対応しております。
民事信託についてのご相談は神戸マリン綜合法律事務所へお問い合わせください。
司法書士
司法書士は不動産登記に特化しております。
民事信託について司法書士に相談・依頼できる内容は、原則民事信託契約書の作成と登記手続きになります。
弁護士に相談する場合と異なり、上記の範囲を超えたトラブル対応や法律相談には対応できません。
※認定司法書士に限り、訴額140万以下の紛争については訴訟(簡易裁判所に限る)の代理人になることができます
法人窓口
弁護士や司法書士のほかに、「一般社団法人民事信託相談センター」という機関もございます。
民事信託に関する様々なお悩みを相談できる窓口となります。
セミナーなども開催しており、民事信託を検討しており、まずは話だけ聞きたいという方におすすめです。
まとめ
今回は民事信託について概要や仕組み、注意点などを解説しました。
民事信託でできること、できないこと、民事信託が使えない場合もあります。
また、民事信託、遺言、任意後見を組み合わせることもできます。
まずは、専門家にご自身の希望する財産管理・財産の承継、介護のことなどを相談し、信託、遺言、任意後見の組み合わせをコンサルティングしてもらいましょう。